オランウータンの大家族を目指して
2023年07月13日(木)
7月14日にアジアの熱帯雨林エリアがオープンします。
当園内でのオランウータンの引越しは、1973年に類人猿舎がオープンして以来、50年ぶりとなりました。
より広いところで、より健康的に暮らして欲しいという思いはどの時代も一緒です。
野生のオランウータンは「ひとり暮らし」をしていると言われるため、日本の多くの動物園では単独や雌雄のペアで1頭ずつ飼育されていることがほとんどです。
しかし、オランウータンをグループで飼育することで、さまざまな社会行動が見られ、社会的な刺激が単調になりがちな飼育下において、有効なエンリッチメントになるとも考えられています。例えば、人工哺育で育ったオランウータンを移動させ、他のオランウータン達と過ごすことで社会性を学ぶことができるといわれています。
お母さん以外にも遊び相手がいることがお母さんのためにも、子供のためにも大切なことなのだと、その後にチンパンジーのカズミの子育てを見せてもらった時、自分が出産して子育てした時に感じました。野生のオランウータンのお母さんにおいても、同年代のやんちゃ盛りの子供を抱えたお母さん同士が会って子供を遊ばせることがあるそうです。
写真はおばあさんのジプシーと遊ぶリキ(2016年多摩動物公園、ジプシーはリキの血縁上のおばあさんではありません)
多摩ではメスと子供たちが同居していますが、海外ではフランジオスがメスや子供と同居して子供の遊び相手になっていることも珍しくありません(写真は2016年、ハーゲンベック動物園)
社会性を持つことも大事で複数頭で飼育したいと言っても、60年以上も生きることのあるオランウータン達の生い立ちは様々で、どうしても他のオランウータン達と一緒にいることが性格的に合わないオランウータンもいます。実際、ドイツのケルン動物園にも7頭のグループの隣の部屋で、1頭で暮らすおばあちゃんのオランウータンがいました。
ケルン動物園の一人暮らしのおばあちゃんオランウータン(写真)。隣の部屋からのぞいているオランウータンもいます。他の個体の刺激は「同居」だけが全てじゃないとも感じました。
彼女は昔、サーカスなどで活躍したオランウータンなのだそうですが、どうしても他のオランウータンと過ごすのは合わなくて一人で暮らしているとのことでした。しかし悲壮感などは全然なく、むしろ人懐っこい彼女はとても魅力的でした。東山動植物園のネオとアキもずっと一人暮らしをしていたので、あまり複数頭生活が向くタイプではないかもしれません。
これまでの生い立ちも個性も様々なオランウータン達。オランウータンの社会性に加えて、個々の過去や個性にあった展示をオランウータン達と一緒に模索し、そのための選択肢をたくさん用意出来たらと思っています。
現在日本には10頭しかスマトラオランウータンがいません。(ボルネオオランウータンや交雑種合わせても40頭のオランウータンしか日本にはいません)
今後50年後も100年後もこの素敵なオランウータンという動物を動物園で見られるようにするためには、オランウータンの大家族を作って、社会的にも精神的にもタフなオランウータンが日本中、世界中で活躍してくれることが必要ではないかと思いました。
「オランウータンの大家族を目指して」、ネオ1頭でのオープンになってしまった現状で「何を言っているんだ。」と言われても仕方がないかもしれませんが、「オランウータン社会を学びたいオランウータンは、いつでも東山においで」と言えるようにすることが目標です。
そして、大家族になったら屋外運動場の島と島のタワーをロープでつないでひとつの大きな運動としてつなぐのもひとつの夢です。
と、大口をたたきましたが、今、私達がやるべきことは、ネオが新オランウータン舎に慣れてゆっくり過ごせるようになること、アキの体調を取り戻すことです。
アキは2020年末頃から疾病が確認され、検査の結果、子宮筋腫が見つかりました。投薬治療により治癒を目指してきましたが、症状は思わしくなく、今年の4月からさらに体調を崩してしまいました。5月半ばの治療の結果やや体調を取り戻しましたが、貧血症状が見られ麻酔下での詳細な検査には懸念がある状態です。現在、安全に麻酔をかけることができるか確認するために採血トレーニングにも励んでいますが、採血には至っていません。新オランウータン舎への引越しについてもアキの負担を考慮して延期しています。
そんな中でも、アキは来園者の方々の顔を見るのが好きなので、アキの展示を継続しているのですが、ほとんどご覧いただくことができない状態であるにも関わらず、アキに会いに来ては温かい言葉をかけて下さる方がたくさんいらっしゃって、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
皆さんからの温かい気持ちをアキに届けつつ、ベストな方法を模索し、元気なアキが新オランウータン舎のジャラン・ジャランデッキで大好きな人間観察ができる日を目指していきます。
【旧オランウータン舎のジャラン・ジャランデッキで人間観察するアキ】
ネオ1頭での新オランウータン舎オープンとはなってしまいましたが、ネオは本当に素敵なオランウータンなので、ぜひじっくりゆっくりご覧になって下さい。
本園のちょっとにぎやかなところへ引越しとなりましたが、オランウータンの魅力は「じっくりゆっくり」観察するとよりじわじわ伝わってきます。
ぜひ、「じっくりゆっくり」オランウータンとの時間をお楽しみください。
【ガラス越しに見つめられるとちょっとドキっとしてしまう程のネオの落ち着いた目線】
動物園飼育第二係 武田 梓