ある作家のはなし
その青年は先生の大ファンだという。
先生を描いたので見てほしいというので、私はその作品を見てみた。
みごとである。
今まで多くの作家の作品を見てきたが、先生の行動まで書き上げた絵ははじめてだった。
その青年の承諾を得て先生にも見える位置に飾らせてもらうことにした。少しでも先生の刺激になればと思い…。
その日は突然やってきた。
先生は私に話しかける。
いや正確には言葉は発していない。
先生の担当になって十数年がたつが先生と会話を交わしたことはない。
いつも私の心に直接語りかけてくる。
『あれを用意しなさい』
先生もあの青年と同じく作家である。
ここ数年創作活動をすることはなかったが、あの青年の絵が刺激になったのであろうか、久しぶりに新しい先生の作品がみられると私は心を躍らせながら準備を始めた。
クレヨンを使用する先生が描く絵は豪快そのものだ。
おおきくはなを動かし、あたり一面にクレヨンの鮮やかで、あたたかい色たちをまきちらす。
その中心には作品となるキャンバスがある。
『あか』『きいろ』指示が次々に出る。
もちろん会話はない。
10分ほどで先生はいつもクレヨンを放り投げる。
作品の完成だ。
今回はどんな絵なのだろう。
そのキャンバスにはあの青年がいた。
先生はあの若い青年を描いたのだった。
一見すると物静かでおとなしそうな印象だが、うちにはあふれんばかりの情熱に満たされたあの青年を表現している。
そう先生はあの青年の心までみごとに描いてみせたのだった。
感動した。
涙が止まらない。
なぜ先生はあの若い青年を描いたのだろう。
お礼なのだろうか、それとも激励なのだろうか。
とにかく私はあの青年にお礼を言わなくては。
ありがとう。
君のおかげでまた新たな感動に出会えた。
ありがとう。
動物園飼育第二係 鈴木 哲哉